骨董品買取の旅 北陸編 その1

骨董品の買取の旅を始めて、既にもう20年以上になる。
日本中、沖縄を除いて殆ど行った。兵庫県まで行って日帰りなんて
事もあった。走行距離は、およそ1100キロ。不思議な事に往路だけだと、とても1日に1100キロは一人の運転では走れないが、往復だと走れてしまう。実際は、復路の静岡市辺りで疲労は限界を迎え
音を上げそうになるのだが、もうあと200キロと思うと
「ええぃ、中途半端に泊まるより、帰って自宅で寝よう」そう思う気持ちが強くなって、気力で200キロは走り切ってしまう。

もっとも御殿場辺りから用賀まで渋滞していたりしたら、もちろん諦めるが。
さて、それぞれ骨董品の買取りで訪れる地域には特色がある。県民性というかお国柄と言うか。
ただし、同じ県でも海側と山側と内陸部では、気性や方言がまるで違う県もある。

北陸でも、富山と石川とでは全然違し山手と海側ではまた違う。
20年以上前に、僕が初めて、買い出し(旧家や土蔵から直接骨董品屋や古道具を買取して来ることを買い出しとかウブ出しと言う)させて頂いたのは、富山県の婦中町である。婦中町といえば風の盆で有名な街。当時は古い建物が沢山残っていた。(多分、今でも残っていると思うが)

始めたばかりで、まだ買い出しの為の訪問の仕方の切り口も判らずに、ただ闇雲に富山迄来たが、走りながら途方に暮れていた。

突然、土蔵のある家を訪ねても何と挨拶したらいい?怒られないか?そもそも土蔵の古道具や骨董品をそんなに簡単に売ってくれるのか?いや、そんな簡単な話ではない筈だ。

そんな事をビクビクと考えながら走っていると、一軒の廃業した雑貨屋らしき建物が目についた。

やめた店舗なら、なんとかなりそうな気がしたので、車を止めて、裏に回ってみた。しかし、人の気配はまるでしないので、どうやら住んで居ないみたいだ。仕方が無いので、隣家で聞くと快く連絡先を教えてくれた。実に親切だ。

あとから知った事だが、江戸時代から売薬で日本中を回っていた富山の人々は、他所から来た人間に対して親切な気風が有るらしい。骨董品の買い出し屋には、実に有難い県民性だ。

つづく

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