嵌め込み屋奇談  その2

嵌め込み屋と言っても色々な種類がある。
高知の八百屋を営んでいる男性から、電話が掛かった来た事がある。
電話の声は30代半ばくらいの、張りのある声だ。
「死んだ親父の集めた骨董品が3階分のビル一杯にある」
いい話だ。

なにしろビル3階分の骨董品である。
高知まで11時間。一人高速を、夜っぴいて走って、朝の9時ごろ高知市に着いた。
早速、市内のその八百屋さんを訪れた。
車を近くのコインパーキングに停めて、○○青果店の前で訪とないを入れると、電話の声とおぼしき男性が出て来た。

「ああ、どうもどうも、ご苦労さんです。親父~」
男性は、奥に向かって父親の名前を叫んだ。
ん?親父さんは亡くなっていた筈では?2人の父親がいるのか?ゾンビかどっちだ?。
奥から出て来た初老の男性は、肩幅が広く胸板も厚い、マッチョな男性だった。
どうみても死んでいる人には見えない。

「あんた、本当に骨董屋かい?」
「ええ、まあ、そうです」
男性は、僕の事を舐めるようにねめつけた。
確かに僕は骨董屋には見えない。同じような事を客先で良く言われる。
「まあ、いいきに。ほいじゃ、こっち来てもらおうかねや」
おっおっ~、本場の高知弁じゃきに。まっこと感激だぜよ。
高校生の頃に司馬遼太郎の《竜馬がゆく 全八巻》を何度も何度も通読していた僕には
高知弁は憧れの方言だ。

生きているか死んでいるか判らない男性に付いていくと、暫く歩いたところに、3階建ての鉄金コンクリートの建物があった。
中には、贋作と骨董品ぽい比較的新しいアラモノが、3階分ぎっしり詰め込んであった。
上村松園の複製画や柿右衛門の偽物や中国陶磁器のレプリカなど。

結局、その日は、そのビル以外にも、他の倉庫など一日掛けて回って偽物を山の様に見せられた。
後で仲間の骨董業者に聞いて判った事だが、その親父は四国では有名な、若い始めたばかりの骨董品の買取屋を全国から呼んで、偽物を売りつける《嵌め込み屋》だった。
まあ、品物を見せられている間も、多分そんな事だろうと思って

結局、僕は鉄瓶など数点買い取って帰って来たが、勿論経費も出ない買取旅行だった。
遠方まで出掛けて、経費も出ない事は良くある。一般のお客様なら勿論なんの問題も無い
それは良くある事だし、行ってみないと何も始まらないし、判らない。
でも、高知まで行って、嵌め込み屋にねめつけられて帰って来たのには気が滅入った。

こんな時は、帰り道が辛い。帰り道は12時間、一人で運転して帰った。

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