嵌め込み屋奇談

骨董品業界と言えば、魑魅魍魎の世界である。
これは間違いない。その世界で生きている僕も幾度かそれに触れた事・・・いや、呑み込まれた事がある。

この仕事を始めたばかりのまだ素人に毛の生えたような僕に、ある日、鎌倉の古い家に住んで居るというベタベタの九州弁のお客から電話が掛かって来た。

内容は、鎌倉の家に骨董品が山ほどあり、近い将来それを一括で売りたいのだが、取り敢えず赤坂の事務所に置いて有るそのうちの一部を売りたいという話だった。

喜び勇んで、赤坂の大きなスーパー企業の本社が入っている巨大なビルの一室へと向かった。
そこには、電話を掛けて来たとおぼしきベタベタの九州弁の男が待っていた。

見せられたのは棟方志功や長谷利光や鴨居玲、萬鉄五郎などのビックネーム。
ドキドキしながら、僕はそれを買い取った。正直に言うと、真贋は良く判らなかったが状況的に間違いと思った。

結構な値段で買った。しかし、それは全て偽物だった。嵌め込み屋である。
聞くと、一緒の頃に始めた仲間は、殆どその九州弁の男に引っ掛かっていた。

九州の何処かに、贋作工房が有って、新米の骨董品屋を狙って、売りつけるグループが存在するらしい。ものすごく良く出来た贋作なので、みんな見破る事が出来なかった。

巧妙な事に、それは犯罪でも何でも無いのだ。買うのは一応プロの骨董屋なので、勝手に値段を付けて買う訳だから、詐欺でも何でもないのである。
まさに、騙された方が悪いのだ。

いま思い返しても、苦すぎる思い出である。