宝を探せ(大工道具編)その1

これからお世話になる大切な人が還暦を迎え、お祝いをする席に招待していただいた。
来週の金曜日に国分寺の寿司屋で執り行われる。
何かお祝いの品物と思い、考えた。

その人は木工が趣味の一つで、ユーコン川も下れそうなカヌーも自分で作ったりするので、大工道具の逸品がいいのではないかと思い立ち、三軒茶屋の土田刃物店に行ってみた。
土田刃物店は、道具の世界では、ディープなコレクターも唸る逸品や、他所では手に入らない伝説の鍛冶屋の打った刃物などが手に入る知る人し知らない店だ。

狙いは長谷川孝三郎の玄翁の頭。
長谷川幸三郎は、玄翁専門の鍛冶屋で並ぶ者の無い、日本一の名人である。
亡くなってもう15年も経つが、未だに幸三郎の玄翁は人気が絶大で、コレクションしている愛好家も多い。

面白い事に、玄翁の良し悪しは、柄を通す四角い穴で決まる。
この穴の位置が本体に対して、正確に中心に位置して、四角もスッキリ直角が出ていて真っすぐに通っていないと、柄を付けて釘を打つ時の振り下ろしや打撃の感触が気持ち良く無いのだ。
実にある種マニアックな世界だ。

土田刃物店で幸三郎の鋼付きの玄翁の様々な大きさのモノを見せてもらう。
60グラムから110グラムまで5種類の大きさ。殆どが錆が浮いている。
「家具の製作者に贈答したいので、錆びが無いのがいいのだけれど」
と店主に言うと、鼻で笑われてしまった。
「38年商売しているが、そんな事言う客は初めてだよ。ハッハッ、玄翁なんて釘を打ちながら錆びを落とすんだよ」

確かにそうなんだろうが、還暦のお祝いにしたいのだ。還暦に錆が浮いていたでは、洒落にならない気もするが、玄翁は打ち出の小槌にも通じる縁起があるので、それで相殺としてもらおう。仕方ない。
浮いている錆びは直ぐには消せない。

全ての在庫を見せてもらい、中でも錆の浮きが比較的少ない60グラムと100グラムを一つずつ選ぶ。
しかし、幸三郎の玄翁とこんなにしっかり向かい合ったのは、10年振り位だ。
やはり素晴らしい。今出来の正行(幸三郎の弟子)などとは、道具の後光が違う。
少しどきどきしてきた。

あの頃は、こんな大工道具を求めて東京中を、いや出張で出かけた折には日本中の街をさまよい歩いていた。
(つづく)